スケートボードは子供でいさせてくれる人生の相棒


カウンターカルチャー

荒れ暮れものが好む、反体制文化として思われがちなスケートボード。でも本当にただそれだけなのだろうか。

一般的にみると、スケーターは夜の公園で、大声出して、酒とタバコを飲み散らかしているぐらいにしか思われていないかもしれない。
それでいいと思う。ロックやHip-Hopも若い時には理解があるけど、大人になるとなぜか忘れてしまうものだ。

ストリートでスケートする醍醐味は、周りの目

 

東京の街をプッシュしていると、通行人からの視線が感じられる。ビルが立ち並び、通行人が多く行き交い、車の往来が多いコンクリートジャングルを、ビール片手に、小銭と鍵しか持たないで、スケートしているときは快感で仕方がない。

路面の状況や、縁石の素材など、誰も気にもかけないことに注目して、ただスケートしている。

そんな自分に酔っているのかもしれない。

 

ただ上手くなりたい、それだけ

サッカーだって、野球だって、上手くなりたいから練習する。スケートボードだって同じだ。違うのはチームではなく、個人だということか。

スケートには、補欠がない。いつだって本人が主役だ。Rhymstarの歌詞ではないけど、エキストラなんてこの世に1人もいない。

 

ゴミ捨てる人は捨てる

スケーターに限ったことではない。タバコをポイ捨てする人はするし、飲んだ缶ビールを捨てる人もいる。

Supremeの様であるべきかもしれない

反体制的と思われることが多しスケートボードだけど、世界に影響を与える事ができる。
Hip-Hopでラッパーが売れて成功したり、Supremeの様に洋服が売れたち、DCのスニーカーがバカ売れしたり、サーフィンやらなくてもBillabornのTシャツ着たり。

でも私は、スケートを楽しんでいる。だからDC履いても、NIKE SBのTシャツ着ても、当事者なんだ。

ProdやKostonの様に、プロスケーターがプロの野球選手の様に年収を獲得し、SLS(ストリートリーグ)の様に大会で多くの観客を魅了したり、日本でも身近な存在になるかもしれない。